英国憧憬

修士課程と博士課程、二つの留学の狭間で日本で過ごした一年間が本当に辛かった。

自分の研究テーマは日本語圏では必ずしも研究者や研究書の層が厚いとは言えず、従って自分は「総本山」とも言える英国に留学した。

この留学期間は本当に充実していた。手渡される文献リスト・コースワーク、触れ合う同級生やすれ違う研究者が全て自分と共鳴する関心と知見を持っていて、一瞬一瞬に知的刺激と学問の発展があった。

だからこそ、修士課程を終えて、一時的にであれ英国を去るのは辛かった。

思うに、留学はある種の呪いにもなり得るのではないか。留学が実りある経験であればあるほど、自分が最も充実した時間を過ごした環境・共同体から隔たったところで生きていくしかないという境遇にどうやったら折り合いをつけられるのだろうか。

自分も博士課程を終えて英国を去るときは非常に寂しかった。それでも最近はそうした喪失感・欠落感が次第に和らいでいる。

そうした変化は「住めば都」的に現状に適応したからではなく、むしろ博士課程を終えて研究者として充実してきたためである。

具体的には、「総本山」の皆が読む国際査読誌に定期的に論文が載り、「総本山」の研究者や留学時代の友人らとの連絡が続き、共同研究・共著論文・国際学術イベントに誘われ、一緒に過ごすことがむしろ増えてきた。現地の文書館・演劇は今でも恋しいが、物理的にロンドンにいても、業績がなくそれ故に何者でもなかった数年前よりも、今の自分の方がむしろ「英国」に近い。