博士論文感想戦

博士論文を提出した。最後の半年間の密度は非常に高く、研究者として学ぶところが多かったので、その経験と身に付いたものを振り返ってみようと思う。


第一に、執筆体力。個人的な事情として、博士修了後のポストが急遽決まった関係で、博論を数ヶ月のうちに提出する必要が出てきた。そこで、草稿と文献メモしかなかった博論の大部分、およそ60,000 wordsを3カ月で完成稿まで持っていくことになった。指導教官から「正直厳しいと思う」と釘を刺されたこの計画を文字通り死ぬ気で達成することが出来た。1カ月ごとに15,000-20,000 wordsのチャプターを最終稿まで仕上げたことになる。この経験から「論文執筆の基礎体力・筋力」が大きく伸びた気がする。たとえこの先執筆体力が落ちても、じっくりと鍛え直せば「20,000 words/month まで出力出来る」という手応えがあり、この先の研究者人生でそれなりの拠り所となる気がしている。


第二に、修正対応力。先述の博論について最初のドラフトがそのまま通るということは一切なく、大変有難いことに指導教官から徹底的な駄目出しをされ、そこから修正と再提出を三回ほど繰り返す必要があった。コメントの内容は、個別の表現から形式面での指摘に始まり、論旨の確認、追加調査の要求、全体的な再構成、など多岐に渡り、正直読むのは心理的負担が大きかった。気持ち良く酒を飲んでいる時に指導教官からのメールが届き、心臓がキュッと引き締まる感覚を良く覚えている。自分は英語圏・ドイツ語圏における文化政策研究のトップジャーナルから論文を出しているが、その経験を踏まえて、ある程度自信を持って言えることとして、これまで受けたどの査読コメントよりも、指導教官による駄目出しの方が遥かに充実しており、同時に厳しかった。途中で何度も「イギィ~、やりたくねぇ~。たすけてくれ~」と悶えていたが、博論提出は来年以降の仕事と直結していたため、逃避も先延ばしも出来ず、頭を抱えながらコメントと向き合い、原稿を直し続けざるを得なかった。このストレスに耐えたことで、自分は今後とも論文投稿を苦もなく続けていけると思う。


第三に、人文社会科学では基礎的な話だが、読書・読解能力と先行研究の整理能力は非常に伸びたと思う。博士論文では、英国政治に関するそれなりに多彩な資料を取り扱うことになった(議会議事録、政府と地方自治体の公文書、産業団体・教育団体の業界誌、公共団体の報告書・内部文書、調査委員会報告書、全国・地方新聞、映画関連の未刊行資料・内部文書・関係者の私信 など)。初めは勝手が掴めなかった各種資料について、読み進めるうちにその呼吸が分かってくる経験は大変勉強になった。


加えて、先行研究の整理についても膨大なイギリス映画と文化政策全般に関するliterature reviewを組み立てて、自分の研究をそこに位置付ける経験からも学ぶところは多かった。この博士論文を書き上げるために、生涯で最も多く先行研究を体系的に読んだことで、読書の底力が身に付いた気がする。自分に研究を整理して論点を打ち出す執筆能力が身に付いていることは、博論と別個のテーマで論文を書いた時に確信した。

 


と、まあ、このように博士論文執筆は大変だったが、振り返ってみると得るものは多かったし、執筆の過程を実りあるものにしてくれた指導教官には心から感謝している。彼女が大学に提出した経過報告書の一部を以下に引用する。本当にありがとうございました!


I am glad that [バンギラスちゃん] has made good progress and is ready to submit the thesis in 2022. H works very hard with chapter revision and is currently sharpening his arguments and findings. He showed me 20+ drafts since early July! I thank [バンギラスちゃん] for being very responsive to my feedback. I felt that the process was conversational. The thesis is full of original findings and insights, and a lot of historical and contemporary implications for cultural policy and film policy. After thesis submission and [バンギラスちゃん] having a proper break, I am happy to discuss with him regarding his publication plan, the lecturer post that he will take in Feb 2023, our future collaboration, etc.