If we have our own ‘why’ of life we shall get along with almost any ‘how’.
この割と有名な表現の引用元を探していたところ、ニーチェの『偶像の黄昏』らしい。
フランクルが引用して言い換えた "He who has a why to live for can bear with almost any how’"という表現の方が有名かもしれない。
自分は結構なりふり構わずに「勝ち」にいった自覚があるのだが、それはまさしく、何故勝たなければならないかという理由が強固にあり、そのためにはどんな手段でも取る用意があったからだと思い当たった。
話はやや逸れるのだが、プロとして全く結果が出ていない人が、心折れずに打席に立ち続けられる理由というか内在的な動機が不明だったのだが、あれはどうやらアマチュアの趣味に近いのだと最近わかった。
趣味ならば「採択」されずとも続けられる。なるほど。そこで「プロとして勝ちに行く戦術」などを論じたくなるのが間違っている。まさしく、勝つ・結果を出す理由(why)がないのだから、そのための方策(how)に鈍感なまま疑問を持たずに続けられるということだろう。
でもそれはすごく幸福なことかもしれない。