海外大学院で授業を初担当

5/20の現時点で、就職先での最初の学期を終了した。

現所属先は英国大学の中国キャンパスという割と特殊な環境なので、そこでの経験をまとめておくことは一定の公共性がありそうだし、なにより、経験を言語化しておくことで転職活動における書類作成・面接でのパフォーマンスが大きく変わりそうなので、自分が何をやったのか忘れないうちにまとめておく。

1. 授業計画の作成

自分の所属先は新設の大学院コースなのだが、プログラム全体及び各授業での教育効果(learning outcome)は大枠でプログラム設立の段階で設定されており、二学期目から採用された自分は関与できない。

http://modules.xjtlu.edu.cn/mod?mod_code=FTA422

そこで授業開始の数ヶ月前から渡された授業概要(module spec)に基づいて講義内容や学生評価方法を決定することになる。

Module Specの一例

与えられたお題(module spec)に基づいて、「各回講義の概要」「文献一覧」「期末課題」「オフィスアワー」等々を記したmodule handbook(日本の大学のシラバスに近い)を作成するのだが、これを複数の審査官から厳しく検討されることになる。具体的には、

(1)学科長による非公式の確認 (2)蘇州の同僚によるピアレビュー

(3)リヴァプール大学学科長によるレビュー

を全て大学のシステムで行い、記録に残している。審査はなかなかに厳しく、細かい言葉遣い(他の箇所ではIPという語を用いているのに、なぜここだけcopyrightという語なのか)から、課題設定の妥当性(評価がエッセイに依拠しすぎでlearning outcome Cを満たしていないのではないか)等々、細々とした修正を求められた。

また、ここで受けたレビューは建設的な提案も複数含まれており、特に有益なのは、「学生が明後日の方向にいかないように、期末課題の前にどんな事例を選んだか、短文で提出させてはどうか」という提案だった。これは本当に役に立った…!

これらの審査を通じて特に感じたのは、課題評価について相当に気を配っており、例えば中間レポートと期末課題はそれぞれ、learning outcome A-Dのどれを満たすのか、それらを組み合わせることで、全ての教育目標を網羅できるのかと、一定程度の説明責任を求められた。

イギリスの大学でよく見る採点基準表、自分が作成側に回るとは…

これを不毛な書類仕事ととるか必要な事務作業ととるかは意見が分かれるし、同業者の考えも聞いてみたいところだが、新任教員の自分にとっては良い訓練になった。

こうして各種審査を通ったところで、緊張の初講義が始まった。

2. 授業・期末課題

授業開始までは書類を厳しく審査されたのだが、実際に授業が始まってみると全ては教員の裁量に委ねられていた。たとえば、授業の途中で学生にアンケートを取ったり、オフィスアワーで話をしたところ、学生の関心が実務や産業に向いていることがわかったので、理論編を短くして、代わりに事例分析を中心とした講義とセミナーに切り替えた。これに伴って、参考文献リストも自ずと修正が加わるのだが、こうした学期中の変更については問題なく受け入れられた。

なにより自分が感動したのは、大学のLMSおよび各種機能が非常に充実しており、無駄がないことだった。出席管理一つとっても10秒ごとに自動で切り替わるQRコード掲載システムがあり、それを講義室に写せば全ての管理が完結するため、自分は授業準備以外の雑務には全く苦しめられなかった。

親の顔より見たAMS (Attendance Management System)

むしろ、地獄の釜が開いたのは、先述した期末課題のために、オフィスアワーや事例選定のための学生とのやりとりをメールで解禁した時だった。

学生は大変熱心でよく質問や自分の課題の方向性について質問に来るのだが、110人の修士院生全員からメールを受け取り、それに逐一返信していくのは本当に骨が折れた。ただ、こうした学生とのやり取りは有用で、自分のencouragingなコミュニケーションスタイルは学生に高く評価されていることが授業評価アンケートから分かった。

特に今学期はビザ申請の兼ね合いでフルリモートでの授業となったため、学生とやりとりをして親近感を高める機会としては、こうしたやりとりは不可欠だったとも思う。それにしても、来学期以降は負担軽減のために少し考える必要がある…

そして、期末課題に関して大変だったのは、採点を全て自分で行わなければならないことである。自分が留学していた英国の大学院では一番しんどい採点作業をTAにやらせていたので、自分も当然そうするのかと思っていたのだが、なにぶん新設の大学院のためTAが十分揃っておらず、今回は全ての採点業務を自分で行っている。これは現在進行形で大変な負担だが、顔と名前が一致した学生のエッセイを自分の手で採点するのも存外悪くないし、講義の修正点についても学びが深まる(が、来学期からはTAを採用すると思う)。

3. 日々の業務

こうした授業に加えて、三週間に一度は教員会議が開かれそちらに参加することが義務付けられている。これは毎回1時間で終わるものだが、ChatGPTへの対策や、学生の出席率口上の方策などを効率的に論じており、なかなか興味深い場であった。

そして、学期中に一度、学生代表から先学期の授業に対する匿名評価や要望を集めて、教員側から対策を募る会議があったのだが、ここでの経験に目が開かされた。(新任教員としての不安もあり)自分は学生側の要望に逐一対応しようとしていたのだが、同会議に参加していた同僚は、「いや、この要望はナンセンス。こんな提案受け入れたら学生が誰も自習しなくなる。もっと自分で調べて自分で書くことを学ぶべき」とばっさりと切り捨てており、会議全体も「ま、そらそうよね」という方向で流れていったのである。教員としての気概について学ぶところがあった。授業の質や学習効果に対する説明責任は、学生に対してではなく、組織や同僚に対して向けられている感覚をこのとき覚えた。

 

4. 学び

学生の時から個人的に考え続けている問題がある。すなわち、必ずしも英国にバックグラウンドを持たない学生に対して、文化政策・クリエイティブ産業を英語で教える際に、どのような文献や事例を持ってくるのが最も教育効果が高まるのか、真にinclusiveなカリキュラムや教育空間を作るにはどうすればいいのか。このことを考える上で、講師として教壇に立てたのは非常に良い経験だったし、来学期が早くも楽しみである。

www.kcl.ac.uk

 

また、教室を離れた業務、授業計画の前段階、組織のダイナミクスなど、TAや非常勤講師だったときよりも幅広い経験と視野が得られたことも個人的には良かった。この経験は次に繋がる手応えがある。